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無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 《イタリアの記憶38》・・・初めてのヴァカンス パート6 1986/8   



《スペイン旅行》

翌日、早朝。
ホテルから歩いて5分くらいの所が、バスツアーの集合場所でした。
重い荷物を抱えて集合場所へ到着すると・・・

おやおや?
何だか、想像と違うぞ。
確か、イタリア人向けのツアーだった筈だけど・・・

そこに集合していたのは、約30人。
アメリカ人の女の子が二人。
イタリア人の女の子が一人。
それ以外は・・・何と、全員がブラジル人!
でもって、ブラジル人はみんな60才代のご夫婦。
そこに、日本人の私・・・。

何ともはや、ヘンテコなツアーの始まりでした。

スペイン人のバスガイドさんは、スペイン語・イタリア語・英語が話せる、大らかなとっても明るい中年女性でしたが、唯一私だけは要注意人物だったらしく(言葉の面で)、諸注意を受ける時もマンツーマンでした。
「キョウコ!明日の朝は7時に出発よ」と、メモ紙に時計の絵を書いて渡してくれたりしました。
確かに、気がついたらキョウコがいない・・・なんて事になったら、ガイドさんの責任ですものね。

バスに乗り込み、まずは一人一人の自己紹介から始まりました。
私はたどたどしいながらも、イタリア語で自己紹介をし、ガイドさんがスペイン語に通訳してくれました。

現地のバス旅行も、日本と同様、ガイドさんが歌を歌ったりします。
ガイドさんの歌は、殆どがスペイン語の代表曲だったと思います。
ブラジルはスペイン語なので、気がつくと、バス中が大合唱になります。
踊り出す人まで出ます。
初めてスペイン語の歌を聞いたアメリカ人やイタリア人や日本人の私ですらも、帰りの頃には一緒に合唱が出来るようになっていました。
(何十年かたった今でも、サビは口ずさめるくらいです)

ガイドさんからの提案で、一人一人、歌の披露をする事になりました。
『何を歌おう・・・歌謡曲しか知らないし、明菜?・・・』なんて思っていたら、
アメリカ人は、「一番アメリカらしい曲を歌います」と言って”オースザンナ”を披露!
イタリア人は、「一番イタリアらしい曲を歌います」と言って”オーソーレミオ”を披露!

えっ?
明菜なんかまずいじゃない。。。
日本らしい曲?
童謡がいいかな・・・?
”さくらさくら”が一番日本らしいかな・・・?
が、思い出してみても、最後まで歌詞を覚えていない事に気づき・・・。
他は・・・?

結局、最後まできちんと歌詞を覚えていたのは
”通りゃんせ”
仕方ない、これを歌うしかない!
かなり暗い歌だけど。。。

マイクを持って歌いだすと、それまで明るかったバスの中が、いきなりシーンとなり、
えっ?みんなが聞き入っているぅ〜。
歌い終わったとき、周りからは「何て素敵なの?」という声まで聞こえてきて・・・

それは、私の歌が上手い下手ではなく、日本独特の雰囲気が感じられたからでしょう。
ある種、欧米人にとっては、ミステリアス?な感じがしたのだと思います。
(あぁ、明菜をセレクトしなくて良かったぁ・・・)
結局、その後もリクエストを受け、バスツアーの間に3回以上は”通りゃんせ”を歌い、それ以外も何曲か童謡を披露する事になったのでした。
(確か、”君が代”も歌ったような・・・)




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by sole-e-luna | 2007-07-30 00:45 | 国外旅行 | Comments(2)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 《イタリアの記憶37》・・・初めてのヴァカンス パート5 1986/8   



《スペイン旅行》

オートラントからミラノに戻った私は、スペイン旅行の準備にとりかかる事にしました。
とは言っても、毎回旅行の準備は、前日の夜にばたばたと、巨大なナイロンバッグに詰め込むだけなので、そんなに大変ではないのですが。

スペイン旅行のチケットは、ミラノにある日本人が経営する旅行代理店で、相談をし購入しました。
日本人が一人でも参加出来るツアーであること(危険では無い事)が、重要ポイントだったのですが、私が予約したツアーは、現地集合のイタリア人向けバスツアーとの事。

スペインで行きたい地域は『アンダルシア』と『バルセロナ』でしたが、両方を回るツアーはなく(離れている為)、私はマドリッドからアンダルシアを回るツアーに決めました。

〜出発〜
ミラノのリナーテ空港から、イベリア航空の飛行機に乗り込みました。
イタリア上空を離れると、窓からは延々と赤土の畑が見えます。
太陽が大地を焼いてしまったようにも見えました。

マドリッドの空港に到着すると、私の名前が書かれた画用紙をかかげるスペイン人がいました。(海外に行った事のある人なら、誰でもこの光景は目にしますよね)
そのスペイン人の車に乗って、ホテルに向います。
その日は、マドリッドに宿泊です。
約1週間のツアーが終了した後、またこのホテルに戻って一泊し、ミラノに戻ります。
その夜、私はツアー終了後の最後のスペインを、どう過ごそうか、計画する事にしました。
”闘牛見学”
”美術館巡り”
”マドリッド近郊の街、トレドを観光”
どれにするかは、ツアー後の状況で決めようと思いました。

いよいよ明日から、アンダルシア旅行の始まりです。
出発時間が早いから、早めに寝ようっと!



《余談》
荷造りの話ですが・・・、
帰国後も年に2回はパリ出張に行っていました。
毎回、出発の朝まで仕事をし、明け方家に帰って、その後1時間くらいで荷造りをし、身支度を整えて成田に向うのです。
・・・出張数日前にこんな夢を見ました。
パリに着いてスーツケースを開けると、中にはびっしりと靴下が入っているではないですか。
というか、靴下しか入っていないんです。約20キロ分の靴下です。
10月のパリ、ある程度寒い・・・
上着もなければ下着もない・・・
靴下を入れ忘れても現地で買えばいいし、たいした事はないけど、着替えを全て買っていたら、貧乏になっちゃうじゃないか〜・・・と唖然としたのでした。。。
その夢を見てからと言うもの、現実にパリでスーツケースを開ける時、毎回不安がよぎるのでした。
今のところ、スーツケースの中身が靴下だけって現実は見ていません(笑)
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by sole-e-luna | 2007-07-26 00:41 | 国外旅行 | Comments(2)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 《イタリアの記憶36》・・・初めてのヴァカンス パート4 1986/8   



《海辺の休暇》

翌日の朝、私は普通に目覚め、お母さんと一緒に朝の食卓につきました。
イタリアの朝食は、南も北も同じで、コーヒーとビスケットです。
”朝からエスプレッソのみ”というイタリア人もいますが、エスプレッソに温めた牛乳を入れるケースも多いです。
イタリア語で『CAFFE』はエスプレッソをさします。
牛乳は『LATTE』(ラッテ)です。
日本のカフェにある『カフェラッテ』とはイタリア語な訳です。
(まぁ〜「コーヒー牛乳」という意味なんですが。。。)

私はカフェラッテにビスケットを浸しながら、
「オートラントに日本人は住んでいるの?」と、お母さんに聞いてみました。
お母さんの答えは「日本人はいないわね〜」でした。
・・・だから、みんな私の事が珍しいのかな?

朝食が済んで、さて、何をしよう・・・
ヤケドしたからだをお日様に当てる訳にもいかないし・・・
「古い街並のエリアを散策して来たら?」という、お母さんのアドバイスに目を輝かせ、私は家を出たのです。

そこは、車が通れないくらいの狭い狭い坂道にありました。
途中、階段になっていたかもしれません。
路の両脇には、真っ白な古い建物が並び、ところどころにかわいらしいお店がのぞいています。
どのお店も小さいお店で、ついふらっと立ち寄ってしまいたくなります。

南イタリアの工芸品なのか、とってもキレイな色あいの器が並ぶお店がありました。
中に入ってみると、手頃な大きさのサラダボールが目に入りました。
とてもキレイなグリーンで、手作りのあたたかさを感じるサラダボールでした。
ミラノに持ち帰って使いたいなぁと思い、手にとってみると、私の後ろから『日本人ですか?』と、日本語が聞こえてきました。
「えっ?」と思って振り返ると、後ろには日焼けした東洋系の女性が一人・・・
彼女の名前は”ヒロコさん”そのお店の店主でした。
イタリア人のご主人とドイツで知り合い、今はご主人の故郷であるオートラントで暮らしているとか。
『あなたが○○○さんのところのお客さんなのね』って言われ、
・・・あぁ〜私の存在は、オートラント中の人が知っているんだ、と実感したのでした。

サラダボールを購入し家に帰り、お母さんに『ヒロコさんっていう日本人に会ったよ!』って言ったら、『そう言えばヒロコは日本人だったわね。忘れてた。』ですって。
確かにヒロコさんは、日本語を話さなければ、日本人から見ても日本人には見えなかったかもしれません。

当時、オートラントに暮らす日本人は、ヒロコさん一人だった筈です。
現在は、イタリアのあらゆる地域で日本人と遭遇するので、今はヒロコさん以外にも日本人が暮らしているかもしれませんが。


海辺の休暇は、単調な毎日が続きます。
昼間は海岸で思う存分楽しみ、夕方になると、毎日同じバールでお茶や食前酒を飲み、夜はどこかのパーティに出かけ・・・。
あくせくとした毎日が当たり前になっている私にとっては、海辺の休暇を楽しめるのは1週間が限度でした。
学生の頃は1ヶ月半の夏休みを楽しんでいた筈なのに・・・日本人って忙しくないと不安になっちゃうんでしょうかね・・・?
それでも、真っ黒に日焼けし、『また来年来るね!』と言って、オートラントを後にしたのでした。

《余談①》
ここにはアップ出来ませんが、当時の写真を見ると、本当に真っ黒に日焼けしてるんです。顔までも・・・私もヒロコさん同様、日本人には見えなかったかもしれません(苦笑)
ヴァカンス後半、日本に緊急帰国した際、両親が私を見てビックリしていましたから。

《余談②》
文章前半の”カフェラッテにビスケットを浸して食べる”
これって、ヨーロッパ人は普通なんですが、日本ですると『汚らしいからやめて!』って言われます。
・・・美味しいのに・・・。
フランス人は、バケット(フランスパン)やクロワッサンをコーヒーに浸して食べてるけど、それよりもビスケットの方が断然美味しいと思います!
浸し過ぎると、カップにビスケットが落ちちゃって、確かに汚らしく見えるときもあるけど。
私は、今でも一人の時には、コーヒーにビスケットを浸して食べていま〜す。
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by sole-e-luna | 2007-07-23 01:10 | 心に残る風景 | Comments(0)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 《イタリアの記憶35》・・・初めてのヴァカンス パート3 1986/8   



《海辺の休暇》

風の冷たさを感じ、ハッと目が覚めました。
何と2時間近くも熟睡してしまったようです。
既に、ビーチの人影もまばらになっており、あたりには夕方の空気が立ち込めていました。
真上のパラソルは、私の体とは、ずれた位置に陰を作っていました。
私は、イタリア人とは別の意味の日時計をしなくてはいけなかったのに、ずーっと同じ位置でいた為、気がついた時には、体の8割がお日様にあたっていたのです。
そして、全身を真っ赤に日焼けしてしまったのです・・・

ヒリヒリする体を我慢して、やっとの思いで洋服に着替え家に戻ると、知人のお母さんは私の姿を見るなり目を丸くして「あれほど言ったのに、ヤケドしちゃって・・・」と心配顔をしていました。
でも、ヤケドしちゃったものは仕方ない!
私は荷持つを置いて、お母さんからもらった軟膏を、体中に塗りたくりました。

キッチンに行くと、お母さんが夕食の準備をしています。
イタリア料理、それもプーリア(オートラントはプーリア州にあります)料理を教えてもらえるなんて、ミラノでは難しい事なので、この機会に覚えて帰ろうと思いました。
「何を作るの?」
「どう切ったらいい?」
「味付けは何を入れるの?」
私は、興味心身でお母さんの作るプーリア料理を見ていました。

料理のお手伝いをしながら、元気にお母さんとおしゃべりをしていました。・・・が、突然、ホントに突然、背骨がドーンと重くなり、それはまるで背骨に重い鉛を刺されたような感じで、その途端、目の前が真っ暗になって、何も見えなくなってしまったのです。

ここで倒れたら、お母さんがびっくりしてしまう・・・
おおごとになってしまう・・・
東洋人が倒れたら、みんなに大迷惑を掛けてしまう・・・
倒れる訳にはいかない・・・

お母さんに気づかれないように、手探りで恐る恐るサロンに行き、ソファーに身を沈めました。
30分くらい横になっていたでしょうか、お母さんの「ご飯できたわよ」と言う声に、ゆっくりと立ち上がり、キッチンへ戻ったのでした。
その時気がついたのですが、私は真っ暗なサロンで寝ていました。見えない訳ですから、電気を付ける事にも気がつきませんでした。

・・・多分、日射病だったと思います。
そよそよと吹く風が、あまりにも心地好かったので気がつきませんでしたが、日中の気温は40度以上あったようでした。
ミラノのアトリエは半地下で、朝の通勤時しか日にあたる事はありませんでした。
きっと、突然の強い日差しに、体がついていかなかったのでしょう。
また、日本と違って湿気がないのも暑さを感じなかった原因かもしれません。

どうにか、お母さんのプーリア料理を食べきって、その日は早々にベッドに入ったのでした。

つづく・・・
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by sole-e-luna | 2007-07-19 00:10 | 心に残る風景 | Comments(2)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 《イタリアの記憶34》・・・初めてのヴァカンス パート2 1986/8   


『海辺の休暇』


南イタリア、オートラントでの初めてのヴァカンスが始まりました。
朝、ゆっくり目覚め、窓から外を見ると、目を細めたくなるくらいに眩しい日差しが降り注いでいます。
”何をしているの?”と、太陽に叱られている気がして、そそくさと用意をし、ビーチに向いました。

さらさらの砂浜に足を踏み入れたとき、真っ先に私の姿を見つけ駆け寄ってくれたのは、友人の弟くん8歳でした。砂に足をとられる事なく、サイコーの笑顔で一目散に駆け寄り、私に飛びついて、ギュッと抱きしめ、ホッペにキスをしてくれました。

そこはプライベートビーチで、利用している人は、み〜んな顔馴染みの様子です。
小さい子供からお年寄りまで、華やかな水着姿が勢揃いです。随分とお腹が立派になっているおじさんまでも、真黄色のビキニタイプの海水パンツだったりするのです。そこでは、体系なんて気にする人は、誰もいないんです。
それでも東洋人は珍しいのか、私の水着姿は、みんなにジロジロと見られましたが・・・(そこのビーチには、私以外の東洋人はいませんでした)

体の焼き方も念入りで、ギラギラ輝くお日様に向って、体の位置を変えていきます。それはまるで日時計のように・・・
私は、知人のお母さんから「キョウコは、絶対パラソルの下にいなくちゃだめよ!日焼けで、ヤケドしちゃうからね!」と言われてきたので、浜辺にいる時は、パラソルの下の椅子が、私の定位置でした。

パラソルの下で小説を読もうと思ったのに、風がそよそよと気持ちよくって、まだ1ページしか読んでいないのに、ついウトウトと眠ってしまったのでした。

つづく・・・
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by sole-e-luna | 2007-07-14 01:27 | 心に残る風景 | Comments(2)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 《イタリアの記憶33》・・・窓   



ヴァカンスの続きは、後ほど・・・


旅をすると、必ず窓を撮りたくなります。
窓の風景は、その土地らしさの”何か”を感じます。
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イタリア ヴェローナ
あまりに素敵なシニョーラだったので、「写真を撮っていいですか?」って聞いたら、
遠くを見つめていたポーズを崩さずに、被写体になってくれました。
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by sole-e-luna | 2007-07-12 02:09 | 心に残る風景 | Comments(2)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 休ブログディ   



またまた、休ブログディです。。。
ごめんなさい。
気圧のせいか疲れちゃったので、今日は寝ます。



『世界の車窓から』
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イタリア中部あたりの田舎の景色
電車の中から偶然撮った景色です
オリーブ畑や葡萄畑かな・・・
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by sole-e-luna | 2007-07-10 22:47 | 《イタリアの記憶》 | Comments(2)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 《イタリアの記憶32》・・・初めてのヴァカンス パート1 1986/8   



8月・・・ヴァカンスの始まりです。
ミラノから約1時間、飛行機に乗って南イタリアのブリンディシ空港へ向います。
空港からは知人の車に乗って、更に海辺の街“オートラント”を目指します。

車から見える景色が、だんだんと緑溢れ、太陽が近くなってくると、立ち並ぶ民家の雰囲気も変わっていきます。
都市は、重い石造りの建物が多いなか、南イタリアは太陽が更に眩しく感じるような、真っ白な民家が立ち並びます。

『信じられないくらいに青い空と碧い海』
『きらきらと緑に輝く木々』
そして、
『眩しいくらいに真っ白な建物』

夏の南イタリアは、この3色で溢れかえります。


オートラントの写真は、以前の記事  
イタリアの記憶・・・《心に残る風景〜南イタリアにて〜》 
に、一枚だけアップしています。


つづく・・・
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by sole-e-luna | 2007-07-10 00:38 | 心に残る風景 | Comments(0)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 《イタリアの記憶31》・・・VACANZA(ヴァカンス)   



8月、全イタリア人が待ちに待った、ヴァカンスがスタートします。
家族と一緒に・友人と一緒に・み〜んな一斉に、海や山や湖へGO!
年一回の、長〜い長〜い休暇の始まりです。

大都市では、まるで東京の“お盆やお正月”のような閑散とした日々が続きます。
私の住むミラノでは、多くのお店やホテルまでが、8月の一ヶ月間はクローズしてしまいます。
ヨーロッパの8月は、『働いてはいけませんよ』という雰囲気が、あらゆるところに漂っているんです。
それでも、銀行等は8月も通常営業をしているのですが、8月に勤務しているスタッフは、7月にバカンスをとっている事が多く、既に真っ黒に日焼けして、やる気がなさそうに働いています。

イタリアのお給料は、年俸制のところが多く、年間のお給料を13ヶ月で割って、8月のヴァカンス時期は、働かなくてもお給料が出ます。
そして12月は、2ヶ月分のお給料を戴きます。(クリスマスの為だと思います)


1986年8月、
私のヴァカンスの計画は・・・
南イタリアの海辺の街『オートラント』へ一週間
『スペイン旅行』へ一週間
と決めました。


続きはまた明日・・・


《余談》
当時、8月のミラノに残っている人は、相当の貧乏人か、泥棒しかいない、と囁かれていました。
ヴァカンス中、泥棒に入られるケースが、結構多いのです。
泥棒の手口もすばらしく、引っ越しトラックで堂々と、一切合切をきれいに運び出しちゃうようです。
ヴァカンスから帰ってきたら、部屋には何もなかった・・・なんて事が実際に起こるんです!
(EUに加盟してからは、そんな事はないのかなぁ〜?)
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by sole-e-luna | 2007-07-08 23:41 | 生活/言葉 | Comments(2)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 今日はおやすみです   



休ブログディにしました。
明日は、初めてのバカンスのお話を書きま〜す。


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『ローマの遺跡に住み着く猫』
とにかく、沢山いるんです。
そして、どの子もかわいくない顔をしてるんです。
でも、遺跡を守っているようにも見えます。
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by sole-e-luna | 2007-07-08 01:15 | 《イタリアの記憶》 | Comments(0)