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無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 《イタリアの記憶58》・・・初めての美容室   



〜PARRUCCHIERE〜 パルッキエレ(美容室)


イタリアに住み始めたころ、私はショートヘアーでした。
耳たぶくらいまでの長さしかありませんでした。
日本に住んでいた頃は、約3週間に一度の割合で美容室に行っていたのですが、イタリアでは美容室に行く時間もなく、また住み始めた頃は言葉も不安で、安易に美容室に行く事も出来ませんでした。

が、半年以上も経つと、私の髪の毛は可哀相なくらいになってしまい、意を決してミラノの美容室に行く事に決めたのです。
その美容室は、ミラノコレクションで某ブランドのヘアメイクを担当している、有名な美容室でした。
友人に予約をとってもらい、いざ出陣☆



なかなかおしゃれな美容室です。
でも、昼間なのに、お客様は私だけ・・・???

個室に通され、若そうな男性が担当につきました。
「どうしましょうか?」
「毛先を揃える程度にカットして下さい」
「分りました ではシャンプーをします」

シャンプーをしたまでは、日本の美容室と同じです。
が! が! カットの段階になってびっくり!!!

彼が手にしたのは”はさみ”ではなく”シェイバー”
何故シェイバー?

既に私の髪の毛は、肩を越す長さになっていたのですが、彼は手に持ったシェイバーで、下から髪の毛先を『ジュッ!ジュッ!ジュッ!』と、刈り揃えていったのです。
そうです。切っているというよりも、刈っている。。。
その結果、毛先に厚みが出たのは言うまでもありません。
カットにかかった時間、約5分。

そして極めつけは、アイロン・・・。
え?何故アイロン???
私の髪の毛は、まるでくせのない直毛なのに、彼はアイロンを使って更に私の髪の毛を真っ直ぐに、真っ直ぐに。
アイロンにかかった時間、30分以上。


出来上がった私の髪の毛は、まるで『クレオパトラ』。。。


美容室からの帰り道、
念入りにかけられたアイロンのお陰で、私の髪の毛はすっかり乾燥してしまい、静電気で広がった髪の毛を両手で押さえながら、そそくさと帰ったのです。。。
家に帰って、トリートメントを何度しても、数日間の間、静電気は続いたのでした。


私を見て、彼はクレオパトラのヘアースタイルをイメージしたのかもしれません。
イタリア人は、直毛の人が少ないので、直毛に対する憧れがあるらしいのですが、私は『二度とイタリアでは髪の毛を切らない』と、深く深く決心をしたのでした。。。


その後は、年に一度の帰国の際、いきつけの東京の美容室でカットしてもらっていました。
1週間の滞在のうち、東京は3日位なので、毎回ミラノから予約の電話を入れるのです。


年に一度のカットでは、髪の長さを短くするわけにもいかず、イタリア滞在中は伸びるところまで伸ばしてみよう!と決めました。
結果、耳たぶまでの長さしかなかったショートヘアーが、3年後の帰国の際には、ウエスト位までの長さになっていました。


《余談》
日本人の友人に聞いたら、彼女はミラノの美容室で普通にハサミを使ってカットしてもらっていました。
「シェイバーなんて、私の行っている美容室は使ってないよ」って、、、私だけ〜?
ある意味、最先端?のカット方法だったのでしょうか・・・???
(20年前ですけどね)
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by sole-e-luna | 2007-10-31 02:08 | 生活/言葉 | Comments(2)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 《イタリアの記憶57》・・・三度目のパリ パート2 1986/10   



パリに到着。
シャルル・ド・ゴール空港は、いつもよりは警戒の厳しさを感じるものの、すんなりと税関を抜ける事が出来ました。
(日本人だったからでしょう。これも赤いパスポートの威力?)
そのままタクシーで、オデオンにあるホテルに向いました。


アトリエは「レアール」にあるのですが、レアール近辺のホテルがどこも満室で、私は地下鉄でレアールから数駅先のオデオンにホテルをとりました。


翌日、レアールのアトリエに顔を出し、テロの内容を聞いたところ、地下鉄のレアール駅で爆弾テロがあったとのこと。
(それがきっかけとなり、ヴィザが必要になったのです)
また、「サンジェルマンデプレ」でも、先週の夜、拳銃乱射があったと言っていました。
とは言っても、パリの街中はいつも通りで、話を聞かなければテロがあったなんて分らないくらいです。



パリコレ前日の夜・・・。
ショーサンプルのお直しを手伝っていたら、あっという間に深夜3時。
日本人スタッフはアトリエから歩いて帰れるホテル。
私は一人タクシーに乗り、オデオンに向ったのです。

オデオンのホテルは、確か三ツ星だったと思いますが、大通りには面しておらず、ホテルの前の道は遊歩道です。
私は、遊歩道に入る手前でタクシーを下り、歩いてホテルに向いました。

が、ホテルの目の前に着いてびっくり!
入り口が閉まっているのです。
(閉まっているというよりも、閉鎖されてる?)
通りに面したところに、ガラスの扉があったのですが、それを覆うように頑丈な木戸が閉まっているのです。
いくら木戸を『ドンドン!』と叩いても、まるで反応がありません。

10月のパリ、かなり寒くなる時期です。
私は薄手のコートで震えていました。
深夜3時、遊歩道を歩く人なんて誰もいなく、周りは不気味なくらいにシーンとしていました。

その時、突然「バン!バン!バン!」と拳銃のような音が鳴り響いたのです。
オデオンは、地下鉄でサンジェルマンデプレの隣の駅です。


・・・もしかして、テロ!?

どうしよう!
ものすごく近いような気がする。
こっちに来たら、どうしよう。
どこかに隠れなくちゃ。
私は寒さと恐怖に震えながらキョロキョロと辺りを見回しました。
隠れられるとこなんて、どこもないじゃない!
ゴミ箱すらもない。
建物の陰もない。。。


その時、木戸の横で、微かに灯かっている呼び鈴を見つけたのです。
もぉ〜押しまくりました!
何度も、何度も、周りをキョロキョロ確認しながら!



数分の後、眠そうな目を擦りながら、ホテルのスタッフが木戸を開けてくれました。

彼・・・「どうしてこんな時間に帰ってくるんだい?」
私・・・「仕事をしていたから・・・。」

たった、これだけの会話をし、私は部屋に入りました。
あまりにも精神的に疲れてしまい、言葉が出なかったのです。
結果、何事もなかった訳ですが・・・怖かったぁ〜。。。
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by sole-e-luna | 2007-10-27 02:30 | 事件 | Comments(0)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 《イタリアの記憶56》・・・三度目のパリ 1986/10   



《イタリアの記憶》を最初から読んで下さっている皆様は、「えっ?いつの間に三度目のパリ?」と、思うのではないでしょうか?

一度目は、1985年のクリスマスからお正月にかけて。
かなり、ハチャメチャなおもしろ旅行だったので、後ほどかる〜くブログに掲載しようと思っています。

二度目は、翌年1986年3月、日本のブランドのパリコレ見学を兼ねてお手伝いに。

そして、三度目は、1986年10月、やはり日本のブランドのパリコレの為です。
パリへの出発日が決まり、航空券を手配したところ、日本人がフランスに入国する為にはヴィザが必要になったとの連絡が入りました。
それまでは旅行の場合、ヴィザは必要なかったのですが、急遽ヴィザが必要になった理由とは・・・『テロ』


出発までに日にちがなかった為、慌ててミラノのフランス領事館に行ったのです。


そこで、思った事・・・。
領事館員や大使館員は、何故現地の国の言葉を話さないのでしょうか・・・?
フランス語なんて、全く分らないのに、私の話すイタリア語に対し、フランス語で返してくる領事館員。と言う事は、イタリア語を理解しているはずなのに・・・。
そして提出書類も全てフランス語(フゥ〜)
私は書類をアトリエに持ち帰り、イタリア人に記入してもらいました、
そして無事、出発前にヴィザを取得出来たのです。
(イタリア人は弟2語学にフランス語をとっている人が多いのです。また、フランス語とイタリア語は、ラテン語を語源としている為、発音は出来なくても訳す事は出来たりします。私も滞在後半には、多少フランス語を理解することが出来るようになりました)
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右にヴィザのスタンプが押してあります。
許可がおりた日数は、たったの6日間。
パリは、本当に厳しい状況だった訳です。
(ちなみに翌年もヴィザを取得しているのですが、90日間でした)


・・・テロ中?のパリのお話は、次回へ続きます・・・





ここで領事館のお話をちょっと・・・
私は、今までヴィザが必要になる国への渡航が殆どなく、行った事があるのは、ミラノのフランス領事館と日本領事館、そして日本のアメリカ大使館だけです。
日本のアメリカ大使館では、書類は英語でしたが、会話は日本語でOKでした。


ミラノの日本領事館での出来事です。
滞在2年目頃、やっと労働許可証がおりた為、「届け出た方がいいのかな?」と思い、ミラノの日本領事館に行ってみました。
そこで、びっくり!
営業時間が短か過ぎるのです。
はっきりとは覚えていませんが、午前中は一時間半位、午後は一時間位しか、窓口があいていないとのこと。
更に、日本の休日(パブリックホリディ)と、イタリアの休日、両方ともに閉館。
一体、年間を通して何時間働いているの???と思いました。
きっと、銀行のように、窓口が閉まった後も、時間まではせっせと働いているのでしょうけど(そう願います)

結局、私の場合、届け出の必要はなかったのですが、丁度、私が領事館を出ようととした時、一人の中年の男性が飛び込んできました。
『スカラ座の前で、ジプシーに囲まれて、気がついたら、パスポートとお財布を盗まれていた』と言うのです。
その方は、その日の夜、日本に帰国しなくてはいけないらしく、航空券は盗まれていないので、パスポートを早急に発行して欲しいとの要望でした。

そこで領事館員が言った事・・・
『日本の運転免許証を持っていますか?持っていないんですね。。。運転免許証は写真も貼ってあり本籍も書いてあるので、再発行の場合、スピーディーに処理出来るのですが、持ってないとなると、あなたが日本人だという証明はありませんから、パスポートの発行は出来ません』

この言葉を聞いて、「確かに確かに」と私も納得しました。
見た目が日本人で、日本語を日本人と同様に話せても、日本人かどうかは分らない。在日の方もそうでしょうし、現在に至っては、ハーフの方も多く、日本で暮らしていても、国籍は違うって事も多いでしょう。

それでも、その男性は、どうにか今日中にパスポートを発行してもらわないと、帰国できない為、免許証提示以外に方法がないかを領事館員に訪ねました。

『では、日本に取引銀行があれば、その銀行のミラノ支社に行って下さい。ミラノ支社から日本に確認を入れてもらい、銀行を保証人として、あなたが日本に住む日本人である事を証明してもらえれば、パスポートの仮発行を致します』
その男性は、銀行のミラノ支社の場所を聞いて、急いで出ていきました。

が、領事館員・・・意地悪です。
銀行の窓口営業時間は決まっています。
その時点で、(銀行の)午前の営業時間は既に終わっていた為、午後の営業時間を待っていたら、今度は日本領事館はクローズしていまいます。
そういった説明は、一切していませんでした。

その男性が、その後どうなったのかは分りませんが、その日にパスポートが発行されなかった事は確かな筈です。
その男性が日本人かどうかは分らないにしても、領事館は、あまり日本人を守ってはくれないんだなぁ、と実感した出来事でした。
ちなみにその領事館員、全く目を見ずに話すのです。ずーっと視線を外して話す姿は???でした。



私は、一度だけ航空券を無くしてしまった事があります。
パリ〜ミラノ間の航空券で、パリに着いてから帰りのチケットをいくら探しても見つからなく、最悪、自腹で夜行電車で帰るしかないな・・・と思っていたのですが、航空会社に電話をしたら、空港内に落ちていた私の航空券を偶然にも航空会社のスタッフが拾ってくれていた事が分り、自腹をきることもなく無事にミラノに戻る事が出来ました。

今までパスポートをなくした事はありませんが、海外で身元を証明する唯一の物!
現在のパスポートは小型化になり、便利な大きさになりましたが、2種類共に、色は赤い方が良いように思います。
何故なら、私は赤いパスポート(以前は赤のみだった)のお陰で、随分と特をしているのです。。。
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by sole-e-luna | 2007-10-21 02:22 | 事件 | Comments(4)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02   



昨日の天気予報によると、今週はずーっと『曇り・雨マーク』
今日は朝から雨の予報だったけど、日中はどうにか雨にならず・・・。


今、しとしとと雨が降り出している。



子供の頃から雨が嫌いだった。
憂鬱になる。
頭痛がする。


何年も前に、仲の良いお坊さんに『雨が苦手なんです』って話したら、
「雨の日は、いつもだったら出来ない事をしてみたら?」って言われた。
「中々読めなかった本を静かに読んでもいいじゃない」
「雨が降ってラッキーだったって思えるかもしれないよ」

それでも、やっぱり雨は好きになれなかった。
やっぱり憂鬱になって、やっぱり頭痛がした。

 

ある知人が『雨の音はやさしい』と言った。



今、しとしとと降り続く雨音を聴く。
何だか落ち着く。
心が穏やかになる。



良かった・・・。
雨の音はやさいしいんだと気がついて。
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by sole-e-luna | 2007-10-17 01:15 | やさしい時間 | Comments(4)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 《イタリアの記憶55》・・・DISCOTECA(ディスコ)   



今日は、八時に仕事を終え、近くのライブハウスに直行! (これ、現実のお話です)

ラテン系のバンドで、軽快なリズム。
フロアーでは若者たちが踊りまくり・・・
私は何故か中2階のVIP席、
あぁ、10年前だったら、私もフロアーの真ん中で踊っていただろうなぁ〜。。。



イタリア滞在中、友人達と踊りに出かける事がよくありました。
二十代の私は、踊る事が好きだったので、「今夜踊りに行く?」なんて誘いがかかろうものなら、喜びいさんで友人についていくのです。

ミラノは本当に小さい街で、新しいお店がオープンすると、あっと言う間に噂が広がり、「どこどこに出来たディスコがおもしろいよ!」なんて会話が頻繁に飛びかうのです。

当時、おしゃれなディスコは週に一回の営業のところが多く、またその殆どはウィークディがオープン日でした。

今でも鮮明に覚えているディスコが一つあります。
確か営業日は木曜日。
ディスコの名前は『オーケストラ』
円形風のホールが踊るスペースなんですが、ホールを囲んだ階段の中央には、イスやら譜面台が沢山置いてあり、30分毎に生のオーケストラが演奏するんです。
生のオーケストラに合わせて踊る!
『なんて贅沢!!!』

広々とした空間の中、自由に踊りが楽しめるのです!
どんな踊り方をしても、本人が楽しければ良し!って感覚です。
二ューヨークのクラブのように、ひしめきあって踊る事もありませんでした。
私たちは、深夜まで踊り続け、翌朝はきちんとアトリエに出勤するのでした。

25才で帰国してからは、日本のディスコやクラブには行っていませんが、イタリアの友人からは今もなお「キョウコは今でも踊ってる?」って聞かれます。
(今は、踊っていません。。。)
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by sole-e-luna | 2007-10-14 01:37 | 心に残る風景 | Comments(2)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 ダ・ヴィンチ繋がり   



《宝物》

私は本屋さんに行くと、必ず絵本コーナーに立寄ります。
挿絵の素晴らしさや、物語の感動度合いによって、衝動買いをしてしまう事も・・・

中でも『仕掛け絵本』(飛び出す絵本)は、特別です!
芸術性を感じる仕掛け絵本に出会った時は、もぅ〜わくわくしちゃって・・・!。
買おうか、どうしようか、少しばかりは迷いますが(絵本なのに4,000円位はしますので)
今日買わなかったら、今後この絵本には出会えないかも・・・と思うと、ついつい購入しちゃうんです。




私が持っている中の最高傑作
レオナルド・ダ・ヴィンチの仕掛け絵本です。(英語版)



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とてもあったかい色合いで出来上がっています


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ダ・ヴィンチの発明した数々(赤い帽子がダ・ヴィンチ)


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塔の上で手を広げているのがダ・ヴィンチ
右下の⇩を引っ張ると、プロペラの乗り物?が浮きます


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この天体のページ!
最初に開いた時、ため息が出ちゃいました


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クルクルっと矢印を回すと、解剖学の絵に変わるんですよ!


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最後のページ『モナリザ』
モナリザのモデルは、顔を後ろに向けています。
モデルの顔を見せない・・・ニクい心使いです。
ちなみに、建物の裏面は、建物の後ろの絵が書いてあるんですが、モナリザのモデルの裏面だけは何も書いてないんです。



全てのページには、英文で説明が書いてあります。
最後のページに書いてある文章は・・・
”So he painted the Mona Lisa instead" 
(画像では、文章の部分が写っていません。カットされてる右下に書いてあります)


ダ・ヴィンチも、もちろん素晴らしいのですが、この絵本を作った作家も、もの凄〜い☆
ちなみに、この絵本、どの本屋さんでも、その後見かける事はありませんでした。
買っておいて、良かった〜!
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by sole-e-luna | 2007-10-10 01:21 | やさしい時間 | Comments(4)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 《イタリアの記憶54》・・・天才を生み出す国   



天才を生み出す国”イタリア”
私はそう思っています。

自然の色が違う
空気が違う
空の色が違う
太陽が違う
大地の恵みが違う


イタリア人が自慢げに言っていた話です。

あるヨーロッパ人が初めてイタリアを旅しました。
そのヨーロッパ人は、あまりにイタリアが素晴らしいので、神様に怒って訴えました。
『神様は不公平です。どうしてイタリアにだけ、このように素晴らしいものを与えるのですか?私の国とは全く違うじゃないですか』と。
神様は答えました。
『あなたの国には、国民に頭脳を与えましたよ』と。


この話、イタリア人は自慢していいのか悪いのか、かなり微妙ですが、
でも、素晴らしい色、素晴らしい自然に囲まれた国からは、時折ものすごい天才が生まれる、と私は信じています。
ダ・ヴィンチもその一人です。
彼は天才であり奇才であるように思います。
生まれた時代が違っていたら、どうなっていたんだろう・・・。



ミラノのスカラ座前の広場に、ダ・ヴィンチの像があります。
ものうげに、何かを考えている面持ちで静かにたっています。
(残念ながら写真がありません。想像して下さい)
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by sole-e-luna | 2007-10-03 00:21 | 物の考え方 | Comments(5)