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無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 《イタリアの記憶67》・・・MIRA   



滞在1年目頃から私のアシスタントをしてくれていたレバノン人のMIRA。
彼女は私と同い年。
ミラノで有名な服飾学校の「マランゴーニ」を卒業し、私のアシスタントになってくれた女の子。

彼女は、アラブ語・フランス語・イタリア語と、少しの英語を話す。
彼女のイタリア語はたいへんすばらしく、外国語訛りは感じられなかった。
顔立ちも、イタリア人と見間違えるくらいだった。



時々彼女は、私の行った事のないレバノンという国のことを話してくれた。
まるで彼女がレバノンのスポークスマンであり、レバノンの代表者であるかのように。

レバノンは細長い国で、片側は地中海に面し、もう片側はシリアに面している。
美しい海と山の両方が楽しめる国だそうだ。

ある日彼女は、レバノンのツーリスト用ガイドブックを私にプレゼントしてくれた。
そのガイドブックに載っている街の写真は琥珀色で古いものだったが、ギリシャを思い出させる歴史的遺跡が多数写っていた。



当時(1980年代)レバノンは内戦中で、ガイドブックにある街並の殆どが戦争で壊されてしまったとのこと。
空襲警報が鳴らない日はなく、目の前で友人が射殺された事もあったと言う。
射殺の理由は、水着の上にTシャツを着て泳いでいたところ、その姿がイヤラシいという理由だけで軍人にいきなり銃を向けられた・・・。
10代の、それもこれから沢山の可能性を持った若者が、そんな理由で命を絶たれるなんて・・・。


全ては宗教が絡んだ争い。
MIRAはイタリアでも、「私は宗教の話はしたくない」と言って固く口を閉ざしていた。
その戦争は既に10年以上も繰り広げられており、年離れたMIRAの弟が生まれた時には戦争が始まっていた。
戦争のない世の中、おだやかな平和な世の中を知らない弟が可哀想だとMIRAは言っていた。



レバノンの家庭では、少しでも経済的に許せるのなら、子供たちを海外に送り出し、勉強をさせているそうだ。
レバノン国内では、十分な勉強がさせられないから。授業中に空襲警報が鳴れば、即座に帰宅・・・という日々だそうだ。


海外に出たレバノン出身の若者は、みな優秀で、医学を学ぶ者、経済を学ぶ者、法律を学ぶ者、建築を学ぶ者・・・が、いざ大学を卒業し海外での就職活動になると、得られる職はブルーカラーが殆ど。。。どんなに優秀でも、ヨーロッパ人は中東の人たちをバカにして見ているのではないかとの事だった。



彼女の仲間たちは、戦争が終わったら、みんなで一斉に帰国し、レバノンを復興するのだと言っていた。
その為には、海外でどんな屈辱を受けようとも、頑張って勉強をし、多くの知識を得、お金を貯め、そして健康でいる事が大切なのだと。



のほほんと幸せの上にあぐらをかいている日本人からは感じられない、芯の強いパワーと輝く眼差しを感じた。


ある日、MIRAの手相を見る機会があった。
悲しくなるくらい、全ての線が細く薄かった。
私は手相をよく知らないが、危険と背中合わせの彼女を物語っているようで切なくなった。



数年後の1990年、レバノンの内戦は終結した。
MIRAたちは、レバノンに帰ったのかな〜と想像していた。
私は、レバノンにある彼女の家の住所を知らない。
「レバノンに手紙を送っても届かないから」と言って、彼女は住所を教えてくれなかったのだ。
それでも、幸せで暮らしていてくれたらそれでいい、と思っていた。
それなのに・・・レバノンはまた内戦が始まっている。



穏やかに暮らしたいと願っていても、叶わない人たちがこの地球には沢山いる。
戦争は、多くの物を奪うけど、決して多くのものは与えてくれないもの。
何度も繰り返しているのに、どうして人間はそんな簡単な事が学べないんだろうか。

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私の帰国間近のパーティーの際、MIRAが私に書いてくれたメッセージ

ー覚えてる??
ーKYOKO 疲れた・・・
ー元気を出して がんばって
ーKYOKO どうやったらいいの?
ー・・・試行錯誤しなきゃ
etc...

上記は仕事中、頻繁に私たちが交わした会話です。
彼女は、その言葉をメッセージの冒頭に書いてくれました。
そして最後に『レバノンで会いましょう』と、書いてあります。
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by sole-e-luna | 2008-01-30 01:35 | 心に残る風景 | Comments(4)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 嬉しい出会い   



ブログを初めて約7ヶ月が経ちました。

『イタリアの記憶』にあるイタリアは、私が感じた約20年前の様子です。

当時、ミラノに住んでいる日本人は、約2千人と言われていました。
同時期、パリに住んでいる日本人は2万人。
日本に住んでいるイタリア人は全部で700人。
(700人のうちの9割は、教会の神父や牧師だそうです)

2千人もの日本人がミラノに住んでいる、とは言ってもその殆どは商社勤務の方で、街の中で会う事はありません。

私は、日本人の友人を沢山もちませんでした。
日本人同士が一緒にいると、ついついイタリアの愚痴話ばかりになったり、同じ日本人同士足のひっぱりあいをしたり・・・。
私には、そんな事をしている暇はありませんでしたから。

でも、だからこそ、イタリアの多くを感じたのかもしれないと思っています。

現在、イタリアに暮らしている方や、私なんかよりもっともっとイタリアを深く知っている方のブログを拝見したりすると、私の記憶が違っていたりもします。

ネット上で、間違った事を書いたらいけないんじゃないかと思った事もありましたが、「あくまで私が感じたイタリア」という事でいいんじゃないかと割り切りました。



エキサイトブログの新着から、数人の方のブログを拝見するようになりました。
ブログ上のルールがよく分らないので、失礼な事をしてしまったらどうしよう・・・なんて思いながら、コメントを書いたりして。

見た事も会った事もない人なのに、その方のお人柄が感じられたりと、不思議な嬉しい出会いを感じます。

このブログを読んで下さっている方へ・・・『本当にありがとう』
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by sole-e-luna | 2008-01-18 02:31 | やさしい時間 | Comments(0)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 《イタリアの記憶66》・・・パリで年越し パート3   




いよいよ、1985年から1986年へ年越しです。

カウントダウンは、友人夫妻と一緒にサンジェルマンデプレで有名な
Cafe du Flore(キャフェ ドゥ フロール)で迎える事になりました。

フランス風に発音するとキャフェになりますが、イタリアのバールと同様で、お酒も飲める喫茶店といった感じです。

サンジェルマンデプレ自体が、昔から芸術家や文化人が多く集まるエリアで、フロールは歴史上にもあがる偉大な人たちが意見を交わしたりしたキャフェです。


私たちは、カフェオレを飲みながら、そのときを待ちました。


ギャルソンの時を刻むかけ声が始まりました。
10・9・8・7・6・5・4・3・2・1・・・・
そして、キャフェの灯りが全て消されました。

真っ暗闇の中、笑い声や歓声が聞こえます。

数秒後につけられた灯りの下では、お客さんの笑顔でいっぱいでした。


実は、灯りが消されたのには意味があるのです。

カウントダウンの際、真っ暗闇の中では、誰とでもキスをして良い!
知らない人からや、嫌いな人からでも、怒っちゃいけない?みたいなルールがあるのだそうです。
要するに、新年を迎えての無礼講といったところでしょう。
この儀式、パリ全体の習わしなのか、このキャフェの習わしなのかは分りませんが・・・。
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by sole-e-luna | 2008-01-18 01:47 | 国外旅行 | Comments(0)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 《イタリアの記憶65》・・・パリで年越し パート2   



寒い寒いパリの街。
一人で色々なところを歩き回りました。


パリに行った事のある人は分ると思いますが、パリ市内は地下鉄がとても便利で、どこにでも簡単に行く事ができます。


ある日、丘の上に見えるサクレクール寺院に行こうと決めました。
寺院の近くまで地下鉄で行き、そこからは人の流れる方向に歩いて行けばもれなく寺院に着くことができます。


寺院に入ると、日本語で話しかけてくる神父様(多分フランス人)がいました。
頼んだ訳でもないのに、その神父様は丁寧に寺院の中を説明してくれました。
が、日本人よりも早口過ぎて、半分位しか理解できない状態。。。
「祭壇の上にかかげてある大きな絵には、着物を着た日本人の女の人が描かれているんですよ」と、絵を指差して教えてくれるのですが、どんなに目を凝らして見ても分らなく、見えたふりをするしかありませんでした。


寺院から出ると、あちこちに絵描きの卵?が大勢います。
観光客をつかまえて、自画像を描いているのです。
あまり興味はなかったのですが、私もある絵描きに声を掛けられ・・・

絵描き「1枚○○フランだよ!描いていかない?」
私  「高いから、やめとく」
絵描き「じゃ〜色を付けないで○○フランにしてあげるよ」
私  「それでも高いから、やめとく」
絵描き・・・かなり困った顔。。。
絵描き「じゃ〜画用紙の半分の大きさに描くから○○フランでいいよ」
私  「・・・そこまで言うのなら」

確か日本円で2,000円もしなかったように記憶してます。
かなり上手な絵でした。
この絵、日本の実家に持って帰ったのですが、翌年日本に帰ったら、私の机の前に飾ってありました。(父が飾って眺めていたようです)


夕方、サクレクール寺院を後にし、サンジェルマンデプレに戻りました。
夕食までには時間があった為、広場の大道芸を見ることにしました。


ある種お決まりの『チャップリン』です。
観客も50人位はいたでしょうか。いや、もっと?
チャップリンなので言葉は喋りません。
無声映画のように物語を作り、観客を巻き込んだりして、そのユニークさが観客に笑いを与えていました。


突然、チャップリンが私の前に来て、手を差し出しました。
訳も分らず、私も手を差し出したところ、チャップリンは私の手をとって、広場の中央へ連れて行き、いきなりダンスが始まったのです。
激しい社交ダンスのような感じでしょうか。
走ったり、回ったりと広場の中央を自由自在・・・。
振り回されるように一緒に踊っている私の姿に大笑いをしている観客。
極めつけはチャップリンからのキス。

夕食前の本当に本当に楽しいひと時でした。



ウキウキ気分で待ち合わせ時間に友人宅へ。

友人「今日はどこに行ったの?」
私 「サクレクール寺院に行ってきたの」
友人「日本語で話しかける神父はいた?」
私 「いたいた!着物を着た日本人が描かれている絵を教えてくれた」
友人「あの神父、早口過ぎて何を話してるのか聞き取れないのよね〜有名なのよ」
私 「確かに・・・」

私 「寺院の周りには絵描きさんが沢山いたよ」
友人「バカな観光客はあの絵に高いお金を払って描いてもらっちゃうんだよね〜」
私 「・・・。」

私 「サンジェルマンデプレの広場に大道芸の人がいて、おもしろかった〜」
友人「あ〜チャップリンでしょう?昔は上手な大道芸がいたけど、最近のは下手だよね」
私 「・・・。」


友人に真実は話せませんでしたが、それでも私は楽しかったから、120点なのです。


つづく。





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夜のサクレクール寺院
写真が下手過ぎます。
ピンぼけです。
実際はもっと素敵なのに・・・。
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by sole-e-luna | 2008-01-14 01:32 | 国外旅行 | Comments(0)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 《イタリアの記憶64》・・・パリで年越し   



その計画は、突然決まったのです。


私がイタリアに到着したのは1985年12月19日。
あと数日でクリスマス休暇が訪れようとしているときでした。

初めての海外での生活。
ミラノに知っている人は誰もいなく、それではあまりにも可哀相じゃないかとデザイナーが発案したのが、クリスマスからお正月にかけて、パリでの休暇をキョウコにプレゼントする・・・でした。

パリには、日本の会社のアトリエがあり、もちろん顔なじみの日本人スタッフもいるから寂しくないだろうとの気遣いからでした。


12月24日。
一人で、ミラノから飛行機に乗り、パリのシャルル・ド・ゴール空港へ。
私にとって、初めてのパリ旅行です。

空港まで迎えに来てくれた日本人スタッフの車に乗り、サンジェルマンデプレのホテルに向いました。

パリの日本人スタッフは、日本の休日に合わせて働いていた為、クリスマス休暇とは言っても、みんな普通に仕事をしてました。

と言う事は・・・?
「きょうこちゃんは若いから、昼間は自由に散策なり観光なりしていてね。夜は一緒に食事をしましょうね」


約1週間の滞在。
最低限のノウハウだけを教えてもらい、ウロウロと、フラフラと私は一人パリの街を散策したのでした。
何と、突然決まったパリ旅行だった為、ガイドブックも何も私は持っていなかったのです。


つづく・・・。






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パリの街灯。
以前の記憶にもチラリと書きましたが、このとき私はカメラを持っていなかったので、今回掲載する写真は、1992年に撮ったものです。
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by sole-e-luna | 2008-01-13 00:45 | 国外旅行 | Comments(0)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 パリの年越しの前に・・・。   



《着物でディナー》

今日は、毎年恒例の着物でディナーの日。

もう、何年くらい続けているでしょうか・・・?

6年? 8年?

まぁ、そのくらい長く続いている訳です。

中々着物を着る機会がなくなってきているこの頃

自分で着付けが出来る友人同士で始まったのが

《お正月は着物でディナー》

和食は食べません。

着物でナイフ・フォークです。

ちょっと大正ロマン風に!




今回は、イタリアンレストランを予約しました。

このレストラン、はっきり言ってイタリアで食べるよりも美味しいし、ハズレのメニューがないと思います。
(最近のイタリアは、味が落ちているように???ハズレのレストランも多いし)


が、私たち、毎回コックさんを困らせる事が一つ!
◎一人は 貝・キノコ類NG
◎私は 肉・生魚NG


電話の予約時には少し困っていた様子でしたが、こんな私たちの為に素晴らしいオリジナルディナーを用意してくれました♪
  
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前菜5種盛り合わせ
手長エビの香草焼き/野菜とあなごのフリット/白身魚のラタゥイユソースかけ/タコとセロリのマリネ


その後に
「鮎のリゾット」
「パスタ」(種類を忘れました・・・)
「鯛のアメリケーヌソース」(私だけ、みんなは和牛)
「デザート」をいただきました


盛りつけもきれいなので、毎回「写真を撮ってから食べようね」って言っているのに、ついつい写真を撮り忘れて、気がついた時はお皿の上には何もなく・・・。
食べ終わったお皿の写真を撮っても、「さて私は何を食べたでしょうか?」のなぞなぞになっちゃうね、って大笑いでした。

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最後のデザートはイチゴのミルフィーユ
そして、コーヒーをいただきました。


幸せになれるお料理でした。

ごちそうさまでした~!!!
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by sole-e-luna | 2008-01-04 00:59 | 日々の出来事 | Comments(5)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 《イタリアの記憶63》・・・3回の年越し   



イタリア滞在中、年越しを3回しました。

85年12月のクリスマスから86年のお正月にかけて・・・パリ

87年のお正月は・・・ミラノ

88年のお正月は・・・ドイツのハイデルベルグ


おもしろエピソードが満載だったので
次回はパリでの年越しを書きたいと思います
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by sole-e-luna | 2008-01-03 01:07 | 心に残る風景 | Comments(0)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 好きな歌   




A HAPPY NEW YEAR!

大好きな あなたの部屋まで

凍る街路樹 抜けて急ぎましょう

今年も最初に会う人が

あなたであるように はやく はやく



AHAPPY NEW YEAR!

新しいキスを下さい

そして鐘の音 通りに溢れて

今年もたくさん いいことが 

あなたにあるように いつも いつも



A HAPPY NEW YEAR!

今日の日は ああ どこから来るの

陽気な人ごみに まぎれて消えるの

こうして もうひとつ年をとり

あなたを愛したい ずっと ずっと



今年もたくさん いいことが

あなたにあるように いつも いつも



『A HAPPY NEW YEAR』
(松任谷由実)






・・・何と、明日から仕事です。
少しでもお正月気分を味わいたくて、
お正月になると必ず思い出す大好きな歌を記します。
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by sole-e-luna | 2008-01-01 17:49 | やさしい時間 | Comments(0)