無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 《イタリアの記憶5》・・・灯りの価値観   




 ヨーロッパを旅した人なら、夜の街並の色が日本とは違うことに誰もが気づくことでしょう。
 蛍光灯で溢れかえる日本とは異なり、ヨーロッパは白熱灯(ウォームオレンジ)が一般的です。路を照らす街灯、建物をライトアアップする照明、車のライトさえもウォームオレンジです。
 
 パリに住んでいる友人から、こんな話を聞きました。
“街並の色を乱さないように、全ての灯りはウォームオレンジに統一なんだ”
 ミラノも、街の中心は全てウォームオレンジの灯りです。蛍光灯は、目を細めたくなるくらいの眩しさですが、白熱灯は“目”に“からだ”に、やさしく感じます。
 イタリア人にとって、夜が暗いのはあたりまえ。昼間のように明るくする必要はなし、ってことではないでしょうか。どこのお宅に伺っても、間接照明が上手に配置されていたりします。真っ暗では何もできないから、少しだけ灯りを灯しましょうよ!って感じです。

 私の住まいは「家具なし」の物件だった為、電気も全て自分で取り付けなければいけない状態でした。引っ越しを手伝ってくれた友人が、ベッドルームを指して「この部屋は寝るだけだから電気は取り付けなくていいね」って言いました。結局、その部屋には本を読む為だけの小さなライトをベッドサイドへ置きました。10畳以上ある部屋でしたが、夜の時間を過ごすには小さなライトだけで十分でした。

“夜は夜らしく” “目にやさしく” “からだにやさしく”・・・これが心やすまる空間の創り方かもしれません。
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# by sole-e-luna | 2007-05-22 23:00 | 物の考え方 | Comments(0)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 《イタリアの記憶4》・・・古き物を愛して   




 使い捨て文化が蔓延している現在の日本では、建物・家具・洋服と、ありとあらゆる物が使い捨て続けられているように感じます。古い物を恥ずかしいと思ってしまうのでしょうか。また、戦後アメリカ文化がどんどんやってきて、物を大切にするという日本人らしさを失ってしまったのかもしれません。
 イタリアでは、古ければ古いものほど価値あるものとして大切にされています。それは日本人が骨董(お宝)を大切にすることとは若干違う意味を持っているように感じます。

「この家は1800年代に建てられたの。素敵でしょう!」と友人の家を紹介されたことがあります。そのたたずまいは、当時を代表する建築様式で造られており、長い歴史を感じさせてくれました。仮に今、同じ建物を造ったとしても、それは模倣でしかありません。何百年という時を経たからこそ、趣のある素晴らしい建物なのだと思います。

「この家具はひいお婆ちゃんがお嫁に来た時に持ってきた物なの。素晴らしいよね!」と5歳の男の子が頬を紅潮させ自慢していました。それはピカピカに磨かれており、今も家族に愛されている家具であることがわかりました。きっと、ひいお婆ちゃんからお婆ちゃんへ、お婆ちゃんからお母さんへ、そしてお母さんから男の子へ、その家具にまつわるストーリーが受け継がれているのでしょう。男の子も既にその歴史を理解しているようでした。


 古い物はただ古くさい物ではなく、長い歴史を静かに見守り、たくさんの人に触れられて、あたたかい物になっていくのではないでしょうか。そして、現代を生きる私たちに穏やかな空間を提供してくれるのです。
 そこには、変わらない事への安心を感じます。


《余談》
 私の友人が住んでいたアパートは、オバケが出そうなくらい古い建物でした。ある日、友人がその部屋の壁を紙ヤスリでこすってみたところ、何と奥から壁画が出てきました。遠い昔に誰かが書いた壁画に、長い時を経た今、私たちは触れる事が出来るのです。いい具合に色褪せたあたたかい壁画でした。
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# by sole-e-luna | 2007-05-21 23:00 | 物の考え方 | Comments(0)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 《イタリアの記憶3》・・・ヴェネツィアへ行こう!   



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 『CITTA TRISTE』(チッタトゥリステ)
 イタリア人はヴェネツィアのことを『哀しい街』と云います。それは、いつの日か海に沈んでしまう街だから・・・。
 四季の移り変りにより、ヴェネツィアは様々な色に変化します。私は、最初に行った冬のヴェネツィアが一番ヴェネツィアらしいと感じています。

 ある冬の日曜日。早起きをして、ミラノから列車に乗り、ヴェネツィアへ!
 六時に起床。もちろんミラノだって冬は寒い。ミラノの緯度は青森県と一緒だから。
 鼻の頭を赤くして白い息を吐きながら、トラム(路面電車)に乗ってミラノの中央駅を目指す。途中、日曜日ならではの“蚤の市”を発見するが、立ち寄っていたら列車に間に合いそうもない。後ろ髪を引かれる思いでトラムに乗り込む。
 ミラノ中央駅に到着。建物自体が博物館のような駅で、ヴェネツィア行きの往復チケットを購入し、中央階段を上ってホームへと進む。ヴェネツィアまではインターシティー(特急)で約三時間。そういえば朝食を摂っていない。コーヒーとブリオッシュ(デニッシュ)を買い、列車に乗り込む。
 時間通りに列車が動き出した。日本と違って発車のベルが鳴る事はありえない。発車前に係員がドアを順に閉めていき、時間になると、かすかな音をたててゆっくりとゆっくりと列車は動き出す。
 コートを上着掛けに掛け、身軽になったところで、まずはコーヒーを飲みながらブリオッシュで腹拵えをする。外の景色が見たいのに、列車の中は暖かくて、ついウトウトとしてしまう・・・
 ハッと気が付くと、あと十分位で到着しそうだ。外の景色は・・・?なんてことだろう!海の上を列車が走っている!線路の両サイドは海・海・・・まるで、列車の形をした船に乗っているような感じ。水面が太陽の輝きをうけ、キラキラと光っている。冬の海だというのに、まばゆい色をはなっている。そしてうっすらともやがかかっている。
 こうしてヴェネツィアの序章が始まった・・・。


 海の上を走りぬけ列車はヴェネツィア駅に到着。
 列車から降り、長いホームを出口へと歩き、駅前広場に出ると、突然目の前に【水の都】がとびこんでくる。そう、駅を出るとそこは既に運河なのだ。
 バポレット(水上バス)に乗ってサンマルコ広場に向う。満ち潮の時には広場全体が海水に浸ってしまうサンマルコ広場。途中、水上タクシーや水上パトカーとすれ違う。ヴェネツィアには車が通れるような道路はない。あるのは運河と、運河に架かる数え切れないほどの橋と狭い道だけ。移動手段は徒歩か船。
 サンマルコ広場の有名なbarでカプチーノを飲む。冷えた体がホッと温まる瞬間。カメリエレ(ウエイター)には、子供のように見えるだろう東洋系の女の子が、この季節一人でヴェネツィアに来たのが珍しいのか、それとも店が暇なせいか、私を相手に世間話を始める。言葉の勉強中だった私は、興味深く耳を傾ける。
 
 この季節のヴェネツィアは観光客も少なく、ゆっくりと街を見渡す事が出来る。心なしか街全体に霞がかかっているようだ。そんな街の色も冬のヴェネツィアらしさを感じさせる。哀しいような淋しいような、言いようのない切なさ。
 寒空の中で運河の上をゆらめく洗濯物を見たり、窓越しに暖かいスチームの中で働く人たちを覗いたり、買い物カゴをかかえた初老の女性が足早に家へ向かう姿を見ていると、「私たちは、日々一生懸命生きていますよ!」と訴えかけられているような気がする。この街で呼吸している人たちの生活が旅人の心に伝わってくる。
 
 路地を歩いていると、仮面屋さんを発見!観光客向けのお土産用ではない。店主が、店先でひとつひとつカーニヴァル用に手作りしている。作る様子を見ていたら、私も一つ欲しいという衝動に駆られた。店主と二人で色々な仮面を試し、私はお気に入りを見つけることができた。 
 帰りがけに店主から仮面の“不思議”を教わった。
「仮面はつける人によって表情が変わるんだよ。その人の顔までが違って見えるんだ。仮面はその人の顔を隠していても、素顔以上にその人の内面を見せてくれるのかもしれないね。」そう言って手元の仮面を付けた店主の顔は、とても優しい愛情溢れる表情になっていた。

 冬のヴェネツィアは本当に寒い。じっと立っていられないくらいに寒い。でも、ヴェネツィアに暮らす人の内に秘めた悲しみと、あたたかさに溢れた心が私の冷えた体に伝わってくる。
 私は冬のヴェネツィアが一番ヴェネツィアらしいと思う。


《余談》
夏のヴェネツィアは観光客で溢れ返り、うかれた街に見えるのは私だけでしょうか・・・?



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ロープを引っぱりながら洗濯物を干します。
こうすれば洗濯物が海に落ちる事もありません。


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ヴェネツィアの病院です。病気も早く治りそうな感じがします。












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子供たち
何だかかわいくって撮っちゃいました。
どこの国も、子供は同じです。
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# by sole-e-luna | 2007-05-18 23:00 | 心に残る風景 | Comments(0)