無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 《イタリアの記憶6》・・・霧の風景   



初めてその景色と出会ったのは、ミラノに着いて数日後のことでした。
 夜、レストランに向かうため車を走らせていたときです。その夜は、街中が霧に包まれており、”サワサワ”と囁くような霧の声だけが感じられる静かな夜でした。
 フロントガラス超しにぼんやりとした街並が過ぎ行くなか、突然目の前に現われたのはミラノのシンボルとも言えるドゥオモ(ゴシック建築の教会)でした。無数の細かい霧が、ドゥオモを優しく包み込み、ミラノを守っていると言われている頂上のマドンニーナ(マリア様)だけが、やけに神々しく灯かって見えました。いきなり現われたその景色は、言葉では表現できないくらいとても幻想的なものでした。

 寒い季節、ミラノに霧が立ちこめるのは、運河が多いからかもしれません。私の住まい・アトリエは運河に面していましたので、帰路の際、霧の中を歩く事がたびたびありました。霧の世界はまるで無声映画のように周りの音を消してくれます。街灯の灯りがかすみ、とても静寂したときが流れます。そんな中わたしは、過去を振り返ったり、未来を思い描いてみたりと、ひとりの時間を楽しむのです。
 日本の霧は紫帯びたグレー色に感じますが、イタリアの霧は街灯の色の違いかオレンジ帯びた琥珀色です。
 ある日、イタリア人の友人と霧の中を歩いているとき「私たちって、映画のワンシーンを撮られている女優みたい」って言ったら大笑いをされました。


《余談》
 視界が十メートルあるかないかの深い霧の中、一般道で友人数人と車のレースをしたことがあります。どの車が先に目的地に着けるかを競うレースだったのですが、目前にならないと信号も見えないほど危険な状態の中、急ブレーキの連続で私は何度も助手席のベンチシートから落ち、その度に大笑いしたのを覚えています。結果は私たちの車が一番でした!
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# by sole-e-luna | 2007-05-23 23:00 | 心に残る風景 | Comments(0)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 《イタリアの記憶5》・・・灯りの価値観   




 ヨーロッパを旅した人なら、夜の街並の色が日本とは違うことに誰もが気づくことでしょう。
 蛍光灯で溢れかえる日本とは異なり、ヨーロッパは白熱灯(ウォームオレンジ)が一般的です。路を照らす街灯、建物をライトアアップする照明、車のライトさえもウォームオレンジです。
 
 パリに住んでいる友人から、こんな話を聞きました。
“街並の色を乱さないように、全ての灯りはウォームオレンジに統一なんだ”
 ミラノも、街の中心は全てウォームオレンジの灯りです。蛍光灯は、目を細めたくなるくらいの眩しさですが、白熱灯は“目”に“からだ”に、やさしく感じます。
 イタリア人にとって、夜が暗いのはあたりまえ。昼間のように明るくする必要はなし、ってことではないでしょうか。どこのお宅に伺っても、間接照明が上手に配置されていたりします。真っ暗では何もできないから、少しだけ灯りを灯しましょうよ!って感じです。

 私の住まいは「家具なし」の物件だった為、電気も全て自分で取り付けなければいけない状態でした。引っ越しを手伝ってくれた友人が、ベッドルームを指して「この部屋は寝るだけだから電気は取り付けなくていいね」って言いました。結局、その部屋には本を読む為だけの小さなライトをベッドサイドへ置きました。10畳以上ある部屋でしたが、夜の時間を過ごすには小さなライトだけで十分でした。

“夜は夜らしく” “目にやさしく” “からだにやさしく”・・・これが心やすまる空間の創り方かもしれません。
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# by sole-e-luna | 2007-05-22 23:00 | 物の考え方 | Comments(0)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 《イタリアの記憶4》・・・古き物を愛して   




 使い捨て文化が蔓延している現在の日本では、建物・家具・洋服と、ありとあらゆる物が使い捨て続けられているように感じます。古い物を恥ずかしいと思ってしまうのでしょうか。また、戦後アメリカ文化がどんどんやってきて、物を大切にするという日本人らしさを失ってしまったのかもしれません。
 イタリアでは、古ければ古いものほど価値あるものとして大切にされています。それは日本人が骨董(お宝)を大切にすることとは若干違う意味を持っているように感じます。

「この家は1800年代に建てられたの。素敵でしょう!」と友人の家を紹介されたことがあります。そのたたずまいは、当時を代表する建築様式で造られており、長い歴史を感じさせてくれました。仮に今、同じ建物を造ったとしても、それは模倣でしかありません。何百年という時を経たからこそ、趣のある素晴らしい建物なのだと思います。

「この家具はひいお婆ちゃんがお嫁に来た時に持ってきた物なの。素晴らしいよね!」と5歳の男の子が頬を紅潮させ自慢していました。それはピカピカに磨かれており、今も家族に愛されている家具であることがわかりました。きっと、ひいお婆ちゃんからお婆ちゃんへ、お婆ちゃんからお母さんへ、そしてお母さんから男の子へ、その家具にまつわるストーリーが受け継がれているのでしょう。男の子も既にその歴史を理解しているようでした。


 古い物はただ古くさい物ではなく、長い歴史を静かに見守り、たくさんの人に触れられて、あたたかい物になっていくのではないでしょうか。そして、現代を生きる私たちに穏やかな空間を提供してくれるのです。
 そこには、変わらない事への安心を感じます。


《余談》
 私の友人が住んでいたアパートは、オバケが出そうなくらい古い建物でした。ある日、友人がその部屋の壁を紙ヤスリでこすってみたところ、何と奥から壁画が出てきました。遠い昔に誰かが書いた壁画に、長い時を経た今、私たちは触れる事が出来るのです。いい具合に色褪せたあたたかい壁画でした。
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# by sole-e-luna | 2007-05-21 23:00 | 物の考え方 | Comments(0)