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無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 《イタリアの記憶86》・・・2度目のヴァカンス パート4   

おまたせしました!
2度目のヴァカンス最終話です。



くら〜いホテルでの昼食を終え、私たちが向ったのは市場



まずは野菜コーナー
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青々とした中国野菜が並んでいます。
(手前の瓜みたいなものは何なんだろう・・・)



そして肉コーナー
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ここ、やばかったです。。。
お肉のそばにハエがブンブン
そして、重さを計量する方法は天秤計り
(奥でお肉を持ち上げている人が、お肉を計っているところです)


こんな中国の市場の様子を、西洋人(私は東洋人ですが)のツアー客は
フムフムって顔で見てきたのです。




次に向ったのはお寺です。
何ていうお寺なのかは分かりませんが、きっと有名なんでしょう・・・?


中国の五重の塔?
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狛犬も、日本とは違って金ピカだし笑ってる
けっこうかわいい♪
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お寺なので、日本と同じく境内にはこんな物もありました
お線香の種類は日本とは違いますね
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そして、奥には金ピカな仏像が。。。
やはり笑ってる
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「みんな、いつもニコニコ、ウレシイ事がいっぱいありますように」
を、願う仏像なのでしょうね。




お寺を後にして、次に向ったのは動物園
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右の奥の方にな〜んとなく横向きに座っているパンダがいるのが分かりますか?
暑さからか、まるでやる気のないパンダでした。。。
呼んでも身動き一つしませんでした。。。もしや置物???(まさかね)



最後に、現地の幸せそうな家族の写真を撮らせてもらいました。
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靴を履いていない子供がいました。
たまたま履いていなかったのかもしれません。

今、改めて20年前の写真を見ていると、当時、私は中国の何が見たかったのか・・・?。
日本や西洋より遅れている文化が見たかったのか?
少々、疑問を感じています。

あぁぁぁ〜、それにしても、ポンポン船から見た景色の写真がないのが残念!!!
中国の景色で一番美しかったのは、そこでしたから!

おしまい
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by sole-e-luna | 2008-09-04 01:53 | 国外旅行 | Comments(8)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 《イタリアの記憶85》・・・二度目のヴァカンス パート3   


その日は、朝7時30分にホテルのロビーに集合でした。

念のため、7時20分にはロビーに下りていた私。
ロビーで待っていれば、お迎えが来てくれるとの事。
・・・なのに、時間になっても誰も来ない。。。


7時40分 観光案内のカウンターはクローズ。
ホテルのフロントに声を掛けてみることに・・・。

私「日帰り中国ツアーを申し込んだのですが、集合時間を過ぎているのにお迎えが来   ないんです」

フロントマン「さぁ〜、ツアーの事は私たちには分からないのですが、集合場所がロ        ビーなら、ロビーで待っていればそのうち来るんじゃないですか?」

おいおい、そんなんでいいの?
私はホテル内の案内所でツアーを申し込んでいるのですよ。
ちなみにこのホテル、☆☆☆☆☆ホテルです。


でも仕方ない。
それから待つ事30分以上。
やっとお迎えのおじさんがきました。
(ツアーガイドって雰囲気の方ではなかったんですよね〜)


そして、”遅くなってすいません”の言葉もなく、もしや、案内所から知らされた集合時間が間違っていたのかも?と思うくらいでした。


ホテル前に停まっていたバスには、既に10人以上が乗っており、どうやら私が最後の乗客のようでした。(既に数カ所のホテルを回ってきたのでしょう)


そのままバスに乗って港へ向い、『ポンポン船』に乗り替えです。
そうなんです!その船は、まさしく『ポンポン船』って感じだったのです。


フェリーなんてかっこいい船ではなく、大漁旗がひるがえっていてもおかしくない感じの船でした。


いざ!中国の港を目指して、ポンポン!


香港の港を出発して数分後、
『あぁ〜・・・景色が〜!景色が〜!』
『早くカメラ!カメラ!』
『えっ?』
『シャッターがきれない。。。』


何故か私、そのときモノクロのフィルムを購入しており、カメラとの相性が悪かったのか、調整が必要だったのか、何が原因かは分かりませんが、とにかくシャッターがきれなかったのです。
予備のフィルムもなく・・・・。




想像してみて下さい・・・。
そこに浮かび上がっていた景色は、まるで中国の水墨画でした。


入り江には、丸い縦長のお山が、ぽこぽこと延々に連なり、景色全体がぼんやりと霞がかっています。
波のない海には、何層もの小さい小さい木製の古い手漕ぎ船が碇泊してます。
船には三角の麦わら帽子を被った中国人のおじいさんが、ゆったりと網で魚を捕っています。。。

なぜか、そこだけは、時間の流れが遅いような感じがしました。

とても暑い日だったのに、ポンポン船の風は気持ちよく、私はぼんやりと水墨画の景色を船から眺めていました。

(余談ですが、山の形は、国により、異なるように思います。中国の山は、絵で見るように丸い縦長の山でした。日本の山の形は・・・裾広がりでしょうか。。。)



約30分位の船旅だったでしょうか。
あっという間に、中国の港に到着です!

税関を通り、パスポートに『蛇口』というスタンプをもらいました。
そこで、換金もしました。
これから行く所は、香港ドルも使用出来るとのことでしたが、『元』を見てみたかったので、少しだけ換金しました。


バスに乗り込み、中国本土へのツアーが出発です。
バスの外観は埃だらけでしたが、車内はクーラーが効いていたのでラッキーです。

ここで、添乗員さんから注意が一つ。
『途中、勝手に写真は撮らないで下さい。撮ってもいいところに着いたら、声を掛けますので、車内からの景色も絶対に撮らないで下さい』
・・・私、撮りたくっても、シャッターきれないですから・・・。


車内から見た風景は、延々と広がる田園地帯でした。
夏の暑い最中、牛が田んぼを耕していました。
(多分、50年以上前の日本と、同じ風景でしょうか?)
人口の多い中国の筈ですが、作業をしている人の姿は少なかったです。


ちなみに、今回のツアーは、日本人ツアーではなく、バスに乗っていたのは、殆どが西洋人。私のように一人で乗り込んでいた人やバックパッカーもいました。
添乗員の説明は英語でしたが、簡単な説明だったので、必要な文章は理解出来ました。


埃をたてながら乾いた土の道路を延々と進むと、街並が見えてきました。
何と言う街に入ったのかは分かりません。
(そんな所が私らしい。ツアーの場合、いつも事前調査なしですから)


多分、その街に唯一1件だけあるホテル(そんな感じ)で、昼食です。

それにしても、ホテルなのに暗い。
多分、電気が点いていない。。。
そんなに大きなホテルではありませんでしたが、従業員もフロントに二人いるだけ。
(フィルムが売っていたので、購入!コダックだったので大丈夫でしょう)


みんなと一緒にレストランへ。
やはりレストラン内も電気が点いていない。
・・・暗〜い。。。
でもって、ウエイトレスも笑顔がなく暗い。
(そう言えば、フロントマンも笑顔がなかった)


丸いテーブルを囲んで椅子に座ると、前菜、スープと出ては来たが・・・。
目新しい物もなく、はっきり言って美味しくない。
「ウエイトレスさんスープを分けてくれるのはいいけど、随分こぼしてません?」ってくらいに雑!
チャーハンだって、イタリアのチャイニーズレストランの方が美味しいかも。(もちろん店内の電気も点いてるし)
まぁ、こんなもんです。。。
ツアーとはいえ、ホテルのレストラン。きっと、中国の一般家庭よりは豪華な食事だった筈。。。


昼食を終え、いよいよ観光の始まりです。


ちょっと長くなったので、『つづく』

次回は画像有りです。フィルムを買いましたから♪
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by sole-e-luna | 2008-08-14 14:35 | 国外旅行 | Comments(13)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 《イタリアの記憶84》・・・二度目のヴァカンス パート2   

帰国の為に私が選んだエアラインは、『大韓航空』(往復約15万円)
『アエ○フロート』や、『チャイ○エア』に乗る勇気はなく、
「大韓航空は自衛隊上がりのパイロットだから、操縦は上手よ」という友人の言葉を信じ決断しました。
(この数年前に、航空侵犯でソビエト空軍に撃たれた事件はおいといて・・・)


日本に着くまでの道のりは・・・。
ミラノ→パ リ(エールフランス)
パ リ→韓 国(大韓航空)※途中アンカレッジで給油
韓 国→香 港(大韓航空)※ミラノから香港に着くまで20時間位かかったかも

〜香港滞在 3拍4日〜

香 港→台 北(大韓航空)※台湾に経由する事は知らなかった
台 北→成 田(大韓航空)


大韓航空、素直に良かったです。
まず一番に、食事がおいしい☆☆☆
肉食でない私は、夕食に魚を選んだのですが、中華風魚ののあんかけが出て来ました。
時には、焼き肉が出る事もあるそうです。
(ヨーロッパのエアラインは、食事に期待出来ないところが多いのです)
そして二番に、親切な機内乗務員☆☆☆


香港到着時間は、夜。
自衛隊上がりのパイロットは、ビルの合間を右へ左へと器用に旋回しながら空港に向うのです。
私は飛行機の窓から、100万ドルの夜景を入国前に堪能したのです。


「香港もステキじゃない♪」
そう思って、その日は就寝しました。




翌朝、ホテルの窓から外を見ると、どんより曇っている。。。
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天気が悪いのかな〜と思って外に出てみると・・・
なんじゃこりゃ〜って言うくらい暑い!
そして、なんじゃこりゃ〜って言うくらいの湿度!
例えて言うなら、体感湿度200%(ふぅ〜、汗だっくだく)



イタリアは、湿度が低いのです。
暑くても、カラッとしているのです。
それに慣れていた私。
日本の湿度もいやだけど、香港の湿度は、日本(関東)よりも遥か上
30分以上、外を歩き続けるのは無理!
いや15分おきに休憩しなくては、脱水症状になるんじゃないか?と感じるほど汗だくになります。
そして私は気がついた。。。日中、街を歩いている人が殆どいない。。。
どうりで、香港人にとっても、この暑さは異常なのね。。。


それでも、旅をしに訪れた訳で、私は日陰を選んで、街を散策したのです。
ちょっと裏道を歩けば、商店街?
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この通り、異臭がしました。。。(腐ったお肉の匂い?)



途中、薬屋さんを発見!
友人からの頼まれ物もあった為、店内へ入ると・・・
「あぁ〜これこそが中国の薬屋さんだわ」



写真を撮ろうと思ったら、店の主人が「写真に入ってあげなさい」って、自分の息子を薬の前へ・・・って、邪魔なんだけどぉ〜
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ショーケースの中には乾燥した植物の根っこ
乾燥した動物の怪しい一部
乾燥した海の生物
乾燥して真っ黒になったトカゲや・・・。
とにかく、乾燥した物が沢山!
処方によって、まぜて粉にしてくれるのでしょう。


そして、ケースの上にはピッカピッカなそろばん
何だか、球数が多い。。。いったい何進法なんだろう。。。






ホテルに戻って考える私。
明日、何をしよう。。。
こんなに暑くちゃ、観光は無理!
一番の見所の「100万ドルの夜景」なんて、入国前に見ちゃったし・・・。
そうだ、ロビーに観光案内があったから、相談してみようっと♪


 私 「明日、一日空いているんですが、お勧め観光ツアーはありますか?」
案内人「ディナークルーズが人気ですよ」
 私 「一人で船に乗ってディナーですか?」

案内人「マカオのカジノはいかがですか?」
 私 「カジノには興味がないんです。本当は中国に行きたかったのですが、ヴィザ    がないから・・・。」
案内人「ヴィザなしで入国出来る、日帰り中国ツアーがありますよ」
 私 「えっ!本当ですか?それにしま〜す!!!」



本当は、イタリアの旅行代理店で、中国への経由も相談していたのですが、やはり入国ヴィザが簡単には下りないとの事で、断念していたのです。
でも、ひょんな事から、中国に行ける事になってしまいました☆


つづく
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by sole-e-luna | 2008-08-08 02:42 | 国外旅行 | Comments(10)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 《イタリアの記憶83》・・・二度目のヴァカンス パート1   

1987年8月


二度目のヴァカンス(休暇)は、家族の法要があり、お盆時期には日本への帰国が決まっていました。


プライベート帰国の場合、もちろん飛行機代も自分持ち。
当時の航空運賃は、J○Lで25万円〜
破格なエアライン(アエロフロー○やチャ○ナエア)で12万円位。
(但し、安全か否かは???)
いずれもエコノミークラスの成田〜ミラノ間往復料金です。


『どうせ自腹で日本に帰るなら、途中どこかの国を経由して、旅行しちゃおうっと!』


私は飛行機に乗ると、必ず機内誌に目を通します。
紙面には、行った事のない国の風景が大切な写真集のように紹介されているのです。


以前エールフランスの機内誌で見た『ビルマ』の風景。(現在のミャンマー)
・・・ただ、ただ、圧倒され、写真に目が釘づけになりました。

金色に輝く五重塔のような寺院がいくつもいくつも立ち並び、街を埋め尽くしている。
・・・そこでしか見られない風景が見たい!


思い立ったが吉日。
ミラノで日本人が経営している旅行代理店へ向ったのです。

 
 私 「8月に日本に帰るんですが、途中ビルマに滞在したいんです」
担当者「他国への経由は航空運賃に1万円を追加すれば出来るけど、ビルマだったら    現地ツアーを申し込まないと観光ヴィザが下りないですよ」
 私 「首都に2日くらい滞在出来ればいいんですけど」
担当者「それでも入国するにはヴォザが必要な国だからね」
 私 「現地ツアーの日数と料金はいくらですか?」
担当者「1週間で30万」
 私 「・・・やめておきます」

 
 私 「じゃ〜お隣の国のネパールはどうでしょう?」
担当者「ビルマと同じ条件ですよ」
 私 「・・・。」

 
 私 「じゃ〜インドは?」
担当者「あなた一人で行くんでしょう?だったら、インド行きのチケットは        うちからは発行したくないんですよ。実は、数年前に事件があり         まして・・・」


ある日本人の女の子が、ミラノからインドへ観光の為に旅立ったのです。
無事、インドに着いた女の子。
空港内を歩いていると、見知らぬ西洋人が声をかけて来ました。
「すいません。少しの間この荷物を見ていてもらえますか?」
女の子は何の疑いもなく、荷物を預かりました。
その数分後、女の子の前に現われたのは空港警察官。
「その荷物の中身は?」と聞かれ、無造作に開けられた荷物の中から出て来たのは、大量の麻薬。
「さっき、知らない人から預かっただけです」と女の子が何度言い続けても、警察官は規則だからと言って取り合ってくれず、そのまま引きずられるように、女の子はインドの刑務所に入れられてしまったのです。


インドの警察側も、その子が実行犯ではないことは承知しているそうで、その後、逃走の手続きを教えてくれたりするそうなんですが、
これが何とも恐ろしい話で・・・。


書類上では、その子が麻薬密売の犯人になっている為、仮に刑務所を脱走したとしても、その子のパスポートではインドからの出国は不可能なのです。
そこでどうするかと言うと・・・、色々と変えるのです。。。
整形をして顔を変えて、パーマをかけて髪型を変え、髪の色も変えて、名前を変えて、偽造のパスポートを作って・・・それから数ヶ月後、その子は日本に帰国出来たそうです。


その子のインド行きチケットを発行したミラノの旅行代理店にまで、インド警察から事情著種があったらしく、担当者から日本人の女の子の一人旅では、インド行きのチケットを発行したくないと言われました。

 
 私 「あぁぁぁ、私が行きたい国はどこもダメなんですね」
担当者「アジアの国ならあなた一人でも安全だし、大丈夫ですよ」
 私 「アジアって、具体的にはどの国ですか?」
担当者「シンガポールとか、香港とか、台湾とか」
 私 「・・・、どこもピンと来ないけど、仕方ない。では○○にします」





こうして、私が日本へ帰国する前に立ち寄ったところは『ここ!』

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つづく
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by sole-e-luna | 2008-08-06 00:50 | 国外旅行 | Comments(12)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 《イタリアの記憶36》・・・初めてのヴァカンス パート4 1986/8   



《海辺の休暇》

翌日の朝、私は普通に目覚め、お母さんと一緒に朝の食卓につきました。
イタリアの朝食は、南も北も同じで、コーヒーとビスケットです。
”朝からエスプレッソのみ”というイタリア人もいますが、エスプレッソに温めた牛乳を入れるケースも多いです。
イタリア語で『CAFFE』はエスプレッソをさします。
牛乳は『LATTE』(ラッテ)です。
日本のカフェにある『カフェラッテ』とはイタリア語な訳です。
(まぁ〜「コーヒー牛乳」という意味なんですが。。。)

私はカフェラッテにビスケットを浸しながら、
「オートラントに日本人は住んでいるの?」と、お母さんに聞いてみました。
お母さんの答えは「日本人はいないわね〜」でした。
・・・だから、みんな私の事が珍しいのかな?

朝食が済んで、さて、何をしよう・・・
ヤケドしたからだをお日様に当てる訳にもいかないし・・・
「古い街並のエリアを散策して来たら?」という、お母さんのアドバイスに目を輝かせ、私は家を出たのです。

そこは、車が通れないくらいの狭い狭い坂道にありました。
途中、階段になっていたかもしれません。
路の両脇には、真っ白な古い建物が並び、ところどころにかわいらしいお店がのぞいています。
どのお店も小さいお店で、ついふらっと立ち寄ってしまいたくなります。

南イタリアの工芸品なのか、とってもキレイな色あいの器が並ぶお店がありました。
中に入ってみると、手頃な大きさのサラダボールが目に入りました。
とてもキレイなグリーンで、手作りのあたたかさを感じるサラダボールでした。
ミラノに持ち帰って使いたいなぁと思い、手にとってみると、私の後ろから『日本人ですか?』と、日本語が聞こえてきました。
「えっ?」と思って振り返ると、後ろには日焼けした東洋系の女性が一人・・・
彼女の名前は”ヒロコさん”そのお店の店主でした。
イタリア人のご主人とドイツで知り合い、今はご主人の故郷であるオートラントで暮らしているとか。
『あなたが○○○さんのところのお客さんなのね』って言われ、
・・・あぁ〜私の存在は、オートラント中の人が知っているんだ、と実感したのでした。

サラダボールを購入し家に帰り、お母さんに『ヒロコさんっていう日本人に会ったよ!』って言ったら、『そう言えばヒロコは日本人だったわね。忘れてた。』ですって。
確かにヒロコさんは、日本語を話さなければ、日本人から見ても日本人には見えなかったかもしれません。

当時、オートラントに暮らす日本人は、ヒロコさん一人だった筈です。
現在は、イタリアのあらゆる地域で日本人と遭遇するので、今はヒロコさん以外にも日本人が暮らしているかもしれませんが。


海辺の休暇は、単調な毎日が続きます。
昼間は海岸で思う存分楽しみ、夕方になると、毎日同じバールでお茶や食前酒を飲み、夜はどこかのパーティに出かけ・・・。
あくせくとした毎日が当たり前になっている私にとっては、海辺の休暇を楽しめるのは1週間が限度でした。
学生の頃は1ヶ月半の夏休みを楽しんでいた筈なのに・・・日本人って忙しくないと不安になっちゃうんでしょうかね・・・?
それでも、真っ黒に日焼けし、『また来年来るね!』と言って、オートラントを後にしたのでした。

《余談①》
ここにはアップ出来ませんが、当時の写真を見ると、本当に真っ黒に日焼けしてるんです。顔までも・・・私もヒロコさん同様、日本人には見えなかったかもしれません(苦笑)
ヴァカンス後半、日本に緊急帰国した際、両親が私を見てビックリしていましたから。

《余談②》
文章前半の”カフェラッテにビスケットを浸して食べる”
これって、ヨーロッパ人は普通なんですが、日本ですると『汚らしいからやめて!』って言われます。
・・・美味しいのに・・・。
フランス人は、バケット(フランスパン)やクロワッサンをコーヒーに浸して食べてるけど、それよりもビスケットの方が断然美味しいと思います!
浸し過ぎると、カップにビスケットが落ちちゃって、確かに汚らしく見えるときもあるけど。
私は、今でも一人の時には、コーヒーにビスケットを浸して食べていま〜す。
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by sole-e-luna | 2007-07-23 01:10 | 心に残る風景 | Comments(0)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 《イタリアの記憶35》・・・初めてのヴァカンス パート3 1986/8   



《海辺の休暇》

風の冷たさを感じ、ハッと目が覚めました。
何と2時間近くも熟睡してしまったようです。
既に、ビーチの人影もまばらになっており、あたりには夕方の空気が立ち込めていました。
真上のパラソルは、私の体とは、ずれた位置に陰を作っていました。
私は、イタリア人とは別の意味の日時計をしなくてはいけなかったのに、ずーっと同じ位置でいた為、気がついた時には、体の8割がお日様にあたっていたのです。
そして、全身を真っ赤に日焼けしてしまったのです・・・

ヒリヒリする体を我慢して、やっとの思いで洋服に着替え家に戻ると、知人のお母さんは私の姿を見るなり目を丸くして「あれほど言ったのに、ヤケドしちゃって・・・」と心配顔をしていました。
でも、ヤケドしちゃったものは仕方ない!
私は荷持つを置いて、お母さんからもらった軟膏を、体中に塗りたくりました。

キッチンに行くと、お母さんが夕食の準備をしています。
イタリア料理、それもプーリア(オートラントはプーリア州にあります)料理を教えてもらえるなんて、ミラノでは難しい事なので、この機会に覚えて帰ろうと思いました。
「何を作るの?」
「どう切ったらいい?」
「味付けは何を入れるの?」
私は、興味心身でお母さんの作るプーリア料理を見ていました。

料理のお手伝いをしながら、元気にお母さんとおしゃべりをしていました。・・・が、突然、ホントに突然、背骨がドーンと重くなり、それはまるで背骨に重い鉛を刺されたような感じで、その途端、目の前が真っ暗になって、何も見えなくなってしまったのです。

ここで倒れたら、お母さんがびっくりしてしまう・・・
おおごとになってしまう・・・
東洋人が倒れたら、みんなに大迷惑を掛けてしまう・・・
倒れる訳にはいかない・・・

お母さんに気づかれないように、手探りで恐る恐るサロンに行き、ソファーに身を沈めました。
30分くらい横になっていたでしょうか、お母さんの「ご飯できたわよ」と言う声に、ゆっくりと立ち上がり、キッチンへ戻ったのでした。
その時気がついたのですが、私は真っ暗なサロンで寝ていました。見えない訳ですから、電気を付ける事にも気がつきませんでした。

・・・多分、日射病だったと思います。
そよそよと吹く風が、あまりにも心地好かったので気がつきませんでしたが、日中の気温は40度以上あったようでした。
ミラノのアトリエは半地下で、朝の通勤時しか日にあたる事はありませんでした。
きっと、突然の強い日差しに、体がついていかなかったのでしょう。
また、日本と違って湿気がないのも暑さを感じなかった原因かもしれません。

どうにか、お母さんのプーリア料理を食べきって、その日は早々にベッドに入ったのでした。

つづく・・・
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by sole-e-luna | 2007-07-19 00:10 | 心に残る風景 | Comments(2)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 《イタリアの記憶34》・・・初めてのヴァカンス パート2 1986/8   


『海辺の休暇』


南イタリア、オートラントでの初めてのヴァカンスが始まりました。
朝、ゆっくり目覚め、窓から外を見ると、目を細めたくなるくらいに眩しい日差しが降り注いでいます。
”何をしているの?”と、太陽に叱られている気がして、そそくさと用意をし、ビーチに向いました。

さらさらの砂浜に足を踏み入れたとき、真っ先に私の姿を見つけ駆け寄ってくれたのは、友人の弟くん8歳でした。砂に足をとられる事なく、サイコーの笑顔で一目散に駆け寄り、私に飛びついて、ギュッと抱きしめ、ホッペにキスをしてくれました。

そこはプライベートビーチで、利用している人は、み〜んな顔馴染みの様子です。
小さい子供からお年寄りまで、華やかな水着姿が勢揃いです。随分とお腹が立派になっているおじさんまでも、真黄色のビキニタイプの海水パンツだったりするのです。そこでは、体系なんて気にする人は、誰もいないんです。
それでも東洋人は珍しいのか、私の水着姿は、みんなにジロジロと見られましたが・・・(そこのビーチには、私以外の東洋人はいませんでした)

体の焼き方も念入りで、ギラギラ輝くお日様に向って、体の位置を変えていきます。それはまるで日時計のように・・・
私は、知人のお母さんから「キョウコは、絶対パラソルの下にいなくちゃだめよ!日焼けで、ヤケドしちゃうからね!」と言われてきたので、浜辺にいる時は、パラソルの下の椅子が、私の定位置でした。

パラソルの下で小説を読もうと思ったのに、風がそよそよと気持ちよくって、まだ1ページしか読んでいないのに、ついウトウトと眠ってしまったのでした。

つづく・・・
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by sole-e-luna | 2007-07-14 01:27 | 心に残る風景 | Comments(2)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 《イタリアの記憶32》・・・初めてのヴァカンス パート1 1986/8   



8月・・・ヴァカンスの始まりです。
ミラノから約1時間、飛行機に乗って南イタリアのブリンディシ空港へ向います。
空港からは知人の車に乗って、更に海辺の街“オートラント”を目指します。

車から見える景色が、だんだんと緑溢れ、太陽が近くなってくると、立ち並ぶ民家の雰囲気も変わっていきます。
都市は、重い石造りの建物が多いなか、南イタリアは太陽が更に眩しく感じるような、真っ白な民家が立ち並びます。

『信じられないくらいに青い空と碧い海』
『きらきらと緑に輝く木々』
そして、
『眩しいくらいに真っ白な建物』

夏の南イタリアは、この3色で溢れかえります。


オートラントの写真は、以前の記事  
イタリアの記憶・・・《心に残る風景〜南イタリアにて〜》 
に、一枚だけアップしています。


つづく・・・
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by sole-e-luna | 2007-07-10 00:38 | 心に残る風景 | Comments(0)

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 《イタリアの記憶31》・・・VACANZA(ヴァカンス)   



8月、全イタリア人が待ちに待った、ヴァカンスがスタートします。
家族と一緒に・友人と一緒に・み〜んな一斉に、海や山や湖へGO!
年一回の、長〜い長〜い休暇の始まりです。

大都市では、まるで東京の“お盆やお正月”のような閑散とした日々が続きます。
私の住むミラノでは、多くのお店やホテルまでが、8月の一ヶ月間はクローズしてしまいます。
ヨーロッパの8月は、『働いてはいけませんよ』という雰囲気が、あらゆるところに漂っているんです。
それでも、銀行等は8月も通常営業をしているのですが、8月に勤務しているスタッフは、7月にバカンスをとっている事が多く、既に真っ黒に日焼けして、やる気がなさそうに働いています。

イタリアのお給料は、年俸制のところが多く、年間のお給料を13ヶ月で割って、8月のヴァカンス時期は、働かなくてもお給料が出ます。
そして12月は、2ヶ月分のお給料を戴きます。(クリスマスの為だと思います)


1986年8月、
私のヴァカンスの計画は・・・
南イタリアの海辺の街『オートラント』へ一週間
『スペイン旅行』へ一週間
と決めました。


続きはまた明日・・・


《余談》
当時、8月のミラノに残っている人は、相当の貧乏人か、泥棒しかいない、と囁かれていました。
ヴァカンス中、泥棒に入られるケースが、結構多いのです。
泥棒の手口もすばらしく、引っ越しトラックで堂々と、一切合切をきれいに運び出しちゃうようです。
ヴァカンスから帰ってきたら、部屋には何もなかった・・・なんて事が実際に起こるんです!
(EUに加盟してからは、そんな事はないのかなぁ〜?)
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by sole-e-luna | 2007-07-08 23:41 | 生活/言葉 | Comments(2)