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無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 《イタリアの記憶44》・・・旅行の荷物   



1986年8月
あと数日で8月が終わろうとしているとき、急遽、日本に帰国をしなくてはいけない状況になりました。

本当に急だったので、荷物は大きなナイロンバックに数枚の着替えが入っているだけ。
このナイロンバック、目一杯詰めると20キロは入る優れものでしたが、この時は2キロくらいしか入っていませんでした。

日本の家に帰れば着替えはあるし。
夏だから、着るものも少ないし。
とにかく、早く日本に帰らなくちゃ!

とは言っても、当時は直行便はなく、どうがんばってもミラノ〜成田間は、途中乗り継ぎをして19時間くらいはかかってしまうのです・・・


19時間後、飛行機が成田に着きました。
私は、飛行機のドアが開いたとたん通路に飛び出し、急ぎ足でパスポートコントロールを抜け、税関に向いました。
税関を抜ければ、もうそこは日本。成田のロビー・・・
荷物を預けていないので、税関で長い長い列の後半に並ぶ事もなく、一番のりでした。

私は、どの国に行っても、税関で荷物を開けられた事はありません。
きっと、善良そうに見えるのだと思います(勝手な思い込み?)
一度、日本から出国する時に、開けられそうになったので「開けてもいいですけど、その後、閉めてくれますか?」と言ったら、「じゃ〜開けなくていいです」と言われた事はありました。
その時は、スーツケースだったのですが、ハードケースにも関わらず、見るからに膨れ上がっていたので、係の人も開けた途端に中身が飛び出すのは想像がついたようでした。が、それにしても、そんな理由でチェックを怠るのは???ですが。
(私としては、開けられなくて良かったけど)



その時は、すんなり税関を抜けられると思ったのに・・・あれ?

係の人は、私のパスポートをじっくり見ながら
「どうして、荷物がこんなに少ないの!?」
「半年以上も日本から海外に行っていて、おかしいね・・・!」
「お土産はないの?」
「バックを開けて!!!」

荷物の多い人が、脱税していないかをチェックされるのが普通だと思っていたのに、少なすぎてもチェックの対象になるなんて・・・

結局、『現在はイタリアに滞在している』という事と『帰国の理由』を話したところ、荷物は開けなくて済みました。(開けたところで、たいした物も入ってはいないのですが)


教訓です。
海外から帰ってくる時、荷物は多すぎても、少なすぎても、チェックの対象になってしまうようです。


・・・当時、私は労働ヴィザも滞在ヴィザも取得が出来ていなかったので、税関で突っ込まれなくて良かったです。
ちなみに、労働ヴィザを取得出来たのは、滞在2年目頃でした。
リクエストはしていたのですが、なかなか下りず、その間は不法就労になっていた訳です。
(そう言えば、お給料は手渡しだったなぁ〜)
なかなか取得出来なかったお陰?で、この後、様々なハプニングが起こるのです。。。









《これも、ある種 窓?》
《イタリアの記憶44》・・・旅行の荷物_e0123299_1481031.jpg

ヴェローナには、遺跡のような円形劇場があります。
一見、ローマのコロッセオのような感じです。
劇場の一番上の方の壁に空いていた穴から撮った一枚です。(決して窓ではありません)
この劇場、夏は野外オペラが開催され、実にスバラしいのです。
(夏以外は遺跡にしか見えませんが)

by sole-e-luna | 2007-08-17 01:53 | 国外旅行

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